「WORK PANORAMA + why work tokyo 2025」イベントレポート 後編

後編では、「why work tokyo」のメンバーによるクロストークの様子をお届けします。日本ならではの文化や価値観を切り口に、各登壇者が事例や経験をもとに多角的な視点から議論を展開し、世代や立場を超えたつながり、資源の再定義、空気感や余白の価値など、未来のワークプレイスに向けた具体的なヒントが語られました。世界と日本の視点を交差させながら、現場での実践と文化的背景の両面から未来像を描く試みです。

why work tokyo クロストーク

「why work tokyo」は、日本のワークプレイスデザインの進化と発展を目指し、デザイナーやアーキテクトが協力するプラットフォームです。多様化する働き方やグローバルな変化に対応し、次代のワークプレイスづくりに寄与することを目的としています。その活動の根底にあるのが日本ならではの文化や価値観、いわば「日本のユニークネス」を再発見し、未来につなげていこうとする姿勢です。

1. why work tokyo とは

CANUCH 木下陽介氏

クロストークの冒頭では、CANUCHの木下陽介氏が「why work tokyo」の結成経緯を紹介しました。発端はdadaの野村大輔氏の呼びかけによるもので、昨年夏に立ち上げられ、デザイナーやアーキテクトが協働し、日本独自の視点から未来のワークプレイスを発信することを目指しています。活動方針は、①日本のワークプレイスの進化 ②グローバルな情報交換 ③サステイナビリティの推進 ④規制の見直しと業界連携 ⑤デザイナー間の連携強化 ⑥相互学習と業界の発展 ⑦業界認知の向上の7つです。これらの取り組みを通じて、日本発のワークプレイスデザインの発展と国際的な影響力の向上を図っています。

「制約と遊ぶ」(イベントで使用されたスライドより)

昨年、DESIGNART期間に「制約と遊ぶ」という展示を開催しました。テーマは「働くって何だろう?」。東京特有の高密度・狭小空間や規制といった制約を、創造性を誘発する契機と捉え、「E-LOOP」と呼ばれる素材を使って空間の可能性を探る試みです。そのほか、オフィス見学会や勉強会などを通じ、知見の共有と業界の活性化を図っています。 

Athena 北村紀子氏

続いて、長年SL&A Japan代表として外資系オフィスの設計に携わり、現在はAthena代表を務める北村紀子氏は、「オフィスは人の関係性を問う場であり、未来を考える最適なテーマ」と述べ、日本人の間の取り方やリスペクトの感覚が海外からミステリアスに映ることに触れました。こうした文化的な差異は、今後のワークプレイス設計において強みとなり得るのではないかと語られ、この視点を起点に「日本のユニークネス」をテーマとした多角的な対話が展開されました。

2. HUMAN TO HUMAN & EXTENDED REALITIES - 超高齢化社会と日本のヒエラルキー文化

SIGNAL 徳田純一氏

SIGNALの徳田純一氏は、「HUMAN TO HUMAN & EXTENDED REALITIES」をテーマに、日本社会が抱える課題とテクノロジーの可能性について語りました。パンデミック後、自社でバーチャルオフィスを試みた経験から、テクノロジーはまだ十分に進化していないものの未来への期待は大きいと述べ、同時に人と人の直接的な関係性の価値が改めて認識されたと強調しました。特に、日本特有の「超高齢化社会」と「ヒエラルキー文化」に注目し、高齢者は新興企業に馴染みにくく、若者も歴史ある企業文化に入りにくいという世代間ミスマッチが顕在化していると指摘。実際に70代・80代の応募者もいる一方、その経験を社内にどう融合させるかが課題であると述べました。日本社会には年上に気軽に話しかけにくい文化が根強く、これが世代や背景の異なる人々との関わりを阻む要因になっているとも語りました。

アバターによる世代・立場を超えた対話(イベントで使用されたスライドより)

ここで徳田氏は、年齢や立場を超えた対話を促す存在として「亀のアバター」を仲介役にするアイデアをユーモラスに提案し、会場に笑いを誘いました。さらに、アニメやゲームなど日本の得意分野を活用することで、独自の感覚による新しいバーチャル体験を生み出し、年齢や背景の異なる人々やマイノリティを包摂できる可能性があると述べました。最後に、超高齢化とヒエラルキー文化がもたらす課題を新しいテクノロジーでどう解決し、逆に強みに変えるかが、日本が世界の最先端になる可能性を秘めていると締めくくりました。 

3. SHORTAGE OF RESOURCES - 日本の資源の価値の再定義

dada 野村大輔氏

dadaの野村大輔氏は、「SHORTAGE OF RESOURCES」をテーマに、日本の資源の価値を再定義する必要性を語りました。日本の国土の約67%は森林で、そのうち約27%は人工林。しかし木材自給率は43%にとどまり、輸入材依存や林業従事者の減少が課題です。「資源が足りないのではなく、あるのに使われていないのが現状だ」と野村氏は指摘しました。

dadaの事例(イベントで使用されたスライドより)

クライアントと共に山に入り、間伐を体験しながら切り出した材を現場で用途決定するプロジェクトを紹介し、「素材と向き合うプロセスこそ価値になる」と強調。端材を製品化しイベントで配布する取り組みも、資源を単なる材料からブランドのメッセージへと変換する実例として紹介しました。

SIGNAL、CANUCHの事例(イベントで使用されたスライドより)

続いて、SIGNALの徳田純一氏は、ナラ枯れの被害を受けた虫食い材などをあえて活用する事例を紹介。CANUCHの木下陽介氏は、熊本・南小国町のスギ材を家具に応用する挑戦を語り、従来は使われにくかった素材も、工夫によって「感性に訴える価値」に変えられると述べました。

国土の約67%を占める森林資源は高度な価値を秘めています。CLT(直交集成板)などの新技術や未利用材の再評価は「眠れる資産」に光を当てるきっかけとなります。日本では建築基準や不燃材に関する規制が依然として厳しいものの、技術革新によってこれらの壁を乗り越えられる可能性があります。未利用の価値を建築や空間設計に活かすことこそ、日本らしい表現であり、持続可能な社会の鍵になるのではないでしょうか。

4. NEXT WORK SKILL - 曖昧だからなんかわかる独特の空気感

SL&A Japan 八巻祐大氏

SL&Aの八巻祐大氏は、「NEXT WORK SKILL」をテーマに、日本に根付く曖昧さや空気を読む文化に注目しました。一見非効率にも見えるこうした感性は、実は調和や相互理解を促す高度なスキルであり、領域横断的な働き方が求められる時代において、日本の強みになるのではないかと指摘しました。特に目に見えない「余白」や「間(ま)」を美徳とする感性は、AI時代においてこそ再評価されるべき人間らしさの核だとし、自身が手がけた米国バイオテクノロジー企業の事例を紹介しました。

SL&A Japan、SIGNAL、dadaの事例(イベントで使用されたスライドより)

続いて、SIGNALの徳田純一氏が、クラシコムのオフィスを例に「空間が企業文化を育て、協調行動を誘発する」と説明。dadaの野村大輔氏は、ITベンチャー企業XICAの事例を通じて「空気感そのものがブランディングになり、信頼感を生み出す」と語りました。さらにCANUCHの木下陽介氏は、ビズリーチで知られるVisionalの空間づくりを紹介し、「余白」の表現などが新たな体験価値を生む鍵になると話しました。

5. クロストークのまとめ

「why work tokyo」のメンバーそれぞれが「日本らしさ」を軸に、ワークプレイスについて多角的に語り合いました。CANUCHの木下陽介氏は、「日本のユニークネスこそが、これからの空間設計の強みになる」と述べ、ものづくりや分業型の産業構造、編集力といった文化的な土壌が、地域資源の活用やサステイナブル建築、さらにはエンタメ産業の発展とも結びつき、新しいワークプレイスの可能性を拓いていくと語りました。

共有された「みんなでいいオフィスをつくる」今後の方向性は、以下の4点に集約されます:

  • 世代や属性の垣根を越えたスムーズなつながり
  • XRやアバターによる共創と、リアルな場の相互補完
  • 新素材・地場資源・日本文化を掛け合わせた空間の独自性
  • DNAに刷り込まれたような自然発生的な「居心地の良さ」

さらに、Athenaの北村紀子氏は、「日本のユニークネスは紙一重で、良さでもあり、変化を妨げる要因にもなる」と指摘しました。自身が米国での経験を経て日本企業の変革を志すに至った背景を語り、「実は個人は変化に順応できる。変わらないのは企業」と訴えました。そして「デザインこそが変化を駆動する力である」と述べ、参加者一人ひとりに「未来のストラテジーを考える時間を持とう」と力強く呼びかけました。


クロストークの最後には、参加者とのQ&Aの時間が設けられました。最初の質問では「日本人は自らのユニークさに気づいているのか?」という本質的な問いが投げかけられました。これに対して、dadaの野村大輔氏は「他者を通じて自分たちの価値に気づくことが多い。だからこそ 「why work tokyo」 は、対話を通じて日本の良さを掘り起こし、発信していく場として機能している」と回答。場を持ち、話すことそのものが「気づき」を生むのだと語りました。


また、ヴィトラのラファエル・ギールゲンは、外国人の視点から「日本は、文化や社会的秩序が強制されずに自然に保たれている、世界でも稀有な国だ」と述べ、その空気感や敬意の感覚こそが日本の大きな強みであると強調しました。さらに「普段は恥ずかしがり屋の日本人が、カラオケになると人前で歌うのは驚きだ」とし、ビジネスの場にもカラオケのように自分を表現できる空間を取り入れてはどうかと、ユーモアを交えて提案しました。

クロージング

今回のトークイベントでは、世界と日本の視点を交差させながら、未来のワークプレイスを考える貴重な機会となりました。ご参加いただいた皆さま、そしてご協力いただいた関係者の皆さま、本当にどうもありがとうございました。


10周年を迎えた「WORK PANORAMA」は、単なる未来予測の地図を描くプロジェクトから、「変化に向き合う力=フューチャーリテラシー」を育む場へと進化しつつあります。今回の対話を通じて、日本のユニークネスを活かした新たな可能性、そして希望を強く実感することができました。「What if?(もしこうだったら?)」と問いかけること。それは、目先の課題にとらわれず、未来への多様な可能性を探るための大切な姿勢です。

 

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