「WORK PANORAMA + why work tokyo 2025」イベントレポート 前編
はじめに
多様化する暮らしや働き方に合わせ、企業がワークプレイスに求める役割は大きく変わりつつあります。こうした流れの中、未来のワークプレイス像を探るトークイベント「WORK PANORAMA + why work tokyo 2025」が、2025年7月8日、東京・亀有の芸術文化拠点「SKAC(SKWAT KAMEARI ARTCENTER)」にて、働く環境に関心のある法人のお客様を対象に開催されました。
登壇者は、世界各地の先進的なワークプレイスを調査・分析し続けるヴィトラのラファエル・ギールゲンと、日本のワークプレイスやオフィスデザインの発展を目指すコンソーシアム「why work tokyo」のメンバー、Athena 北村紀子氏、CANUCH 木下陽介氏、SIGNAL 徳田純一氏、dada 野村大輔氏、SL&A Japan 八巻祐大氏。
本イベントでは、10周年を迎えた「WORK PANORAMA」最新レポートを手がかりに、日本の現状を踏まえた議論を通して、これからのワークプレイスの課題と可能性を多角的に探りました。その模様を前編・後編に分けてお届けします。
当日の流れ
会場には多くの参加者が集まり、希望者向けの施設ツアーの後、イベントがスタート。前半はラファエル・ギールゲンが登壇し、最新レポート「WORK PANORAMA 2025」を紹介しました。後半では「why work tokyo」の5名が活動や事例を共有し、日本のワークプレイスが直面する課題とその可能性について意見を交わしました。最後には短時間ながらQ&Aも行われ、参加者と登壇者がともに未来を考える場となりました。
WORK PANORAMA 2025 レポート

Vitra ラファエル・ギールゲン
ヴィトラは、家具の製造だけでなく、文化的な活動や世界規模でのリサーチも行っています。今回登壇したラファエル・ギールゲンは、世界各地の企業やキャンパス、教育機関を訪れ、最先端のワークプレイスを研究し続けてきました。その成果は毎年「WORK PANORAMA」としてまとめられ、今年で10周年を迎えます。今回は、その最新レポートをもとに、広がるチャンスやビジョン、そして新しい時代の可能性を探りました。
1. GENERATIVE AGE(生成AI時代)

Google Quantum Computer Lab、マウンテンビュー、アメリカ(イベントで使用されたスライドより)
生成AIの普及は、単なる自動化にとどまらず、人間の創造性を拡張する可能性を秘めています。ラファエルは、AIを「Automation(自動化)」にとどめず、「Augmentation(拡張)」として活用する重要性を強調しました。自動化は、レポート作成やデータ入力などの反復的な業務の代替に適しています。一方で拡張は、意思決定の補助、文章作成の支援、顧客対応のサポートなど、人間の作業を補うだけでなく、その能力を高めるものです。AIをこうした形で取り入れることで、多様な領域において成果の質を向上させることができます。
2. EXTENDED REALITIES(拡張現実)

Canadian Motion Park, Star Trek(イベントで使用されたスライドより)
パンデミックを経て、リモートワークやバーチャル空間での業務は日常的なものとなりました。ラファエルは、Teams、Zoom、WebExのようなオンラインミーティングツールの場にあらゆる情報を瞬時に組み込める環境が実現した場合の可能性に着目し、Journeeが提供する仮想ワークスペース「VIEW」を紹介しました。これは、新入社員研修や導入支援、研修、チームコラボレーションなどを仮想空間で再構築し、現実とバーチャルを融合させることで、新たな出会いや学びを生み出す可能性を示すものです。
3. NEXT WORK SKILLS(次世代のスキル)

On 本社、チューリッヒ、スイス
企業の経営者に今後の労働力に求めるものを尋ねると、多くが「スキルアップ」と答えます。つまり、経済が知識ベースからスキルベースへと移行していることがうかがえます。ラファエルは、人間の真の強みは社会性にあり、他者から学び協力し合うことが重要だと指摘しました。個人の知識は常に社会的な文脈に組み込まれており、そこから広がる学習や協働こそが、人間を他の種と分ける特徴であり、優れた企業とそうでない企業とを分ける要因になると述べています。その鍵となるのが「ソーシャルラーニング(社会的学習)」です。古くからある考え方ながら、今こそ重要性が増しています。その実践例として、スイス・チューリッヒに本社を構えるスポーツブランド「On」が紹介され、協働しながら成長していく姿が示されました。
4. BETA WORK(ベータワーク)

Royal College of Art、ロンドン、イギリス
ラファエルは、未来のワークプレイスでは、お互いが刺激し合いながら新しいものを創り出す環境設計が重要になると述べています。経営者は今後、次々と発生する危機や緊張に直面し、それに時間とエネルギーを費やすことになります。こうした状況は一時的なものではなく、チャンスや苛立ちを含む日常であり、あらゆる変化を受け入れ、柔軟かつ迅速に適応する「ベータワーク」が欠かせません。その具体例として、2017年にヴィトラが提唱した「ダイナミックスペース」が挙げられます。これはユーザー自らが目的に合わせて空間を調整できるコンセプトで、当初は受け入れられにくかったものの、現在では世界のオフィスの約4割が同様のコンセプトを有する空間を採用しているといいます。
5. SHORTAGE OF RESOURCES(資源不足)

ファクトリービルディング、ヴァイル・アム・ライン、ドイツ
「既存の建物をどう生かすか」ラファエルはそう問いかけ、その例としてシカゴにある全米最大の郵便局だった「The Old Post Office」を紹介しました。20年間空き家のままでしたが、デベロッパーによって購入され、年間400件ものイベントが開催される場や、Uberをはじめとする企業の本社として生まれ変わりました。ヴィトラキャンパスでも同様の事例があり、建築家アルヴァロ・シザが手掛けたファクトリービルディングの一部が、バーデン=ヴュルテンベルク州協同州立大学(DHBW)の建築学課の拠点として活用されています。こうした事例から、既存の建物であってもその価値を見出し、新しい使い方へと転換することができ、資源の再定義こそが未来のワークプレイスに不可欠であることが示されました。
6. HUMAN TO HUMAN(ヒューマン トゥ ヒューマン)

Key Success Strategies(イベントで使用されたスライドより)
最後にラファエルが掲げたのは、人と人とのつながりの価値です。企業はしばしば「次なるブレイクスルー(突破口)はテクノロジーが生み出す」と考えがちですが、実際には「人間によるブレイクスルーこそが重要」であり、そのためにはオフィスのあり方を根本から見直す必要があると述べました。彼は、世界中の建築コンペで評価された250件のプロジェクトを分析し、そこから導き出された成功戦略として、持続可能性、地域やコミュニティとの統合、ユーザー体験の質、経済的貢献、コンセプトの独自性、建築的価値、革新性、美しさ、知性、創造性、そしてコミュニティへの貢献といった要素を挙げています。

Paperback, After all, there is No Finish Line(イベントで使用されたスライドより)
ラファエルは最後に、結論よりも問いを持ち続ける姿勢の重要性を強調しました。ゴールラインは存在せず、日々の仕事の中で現状に挑み続けることが大切であり、常に新しい視点を持ち続けることこそが使命であると述べました。
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