We Love Elephant Stool - 後編
もっと知りたい、「エレファント スツール」の魅力
2025 グッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞した「エレファント スツール」。1954年に日本を代表するインダストリアルデザイナー、柳宗理がデザインし、その後コトブキ(1956年)、ハビタ(2000年)を経て、2004年よりヴィトラが開発・製造を担っており、今もなお世界中で愛されています。後編となる今回は、「エレファント スツール」が生まれた場所を追って、柳工業デザイン研究会へ。同所のデザイン担当主任であり、実際に柳氏のもとで幅広くデザインに携わった藤田光一さんを訪ね、製作当初から今に至るまでのさまざまなエピソードをうかがいながら、さらなる魅力を紐解きます。

「エレファント スツール」が生まれた場所、「柳工業デザイン研究会」へ
「エレファント スツール」は、柳宗理が自身のアトリエで使うための工作用椅子としてデザインされました。その「アトリエ」というのが、ここ、柳工業デザイン研究会です。モダニズム建築の巨匠とも称される前川國男氏が、自身の建築設計事務所を含むビルを設計。同所は1954年の竣工時から、このビルの地階に入居しています。約10坪ほどの決して広くはない空間に、作業テーブル、制作中の模型とその材料、膨大な資料や書籍を収めた棚が置かれ、そこかしこに、さまざまな民藝品やオブジェ、道端で拾ってきた葉っぱや石なども飾られています。
「1954年の竣工時にエレファント スツールや棚をデザインしてから、多少のデスクの入れ替わりなどはあったようですが、基本的にこの部屋はほとんど変わっていないようです。フローリングも当初から使われているものなんです」
そう教えてくれた藤田さん。当時と変わらない情景の中に、「エレファント スツール」は佇んでいます。

一脚の椅子から滲み出る、デザインとの向き合い方
その丸みを帯びたユニークなフォルムが、「エレファント スツール」という名前を表していますが、実はいつ誰が名付けたのかははっきりわかっていないという意外な回答が。
「当初は、『スタッキングスツール』や『三角スツール』と呼ばれていました。私が入所した1988年ではすでに『象脚』と呼ばれていたので、製造がハビタ社になった頃、英語になったのだと思います。ですので、実は、いつ誰が名付けたのかは、はっきりわかっていないんです」
そして、いかにして、「工作用の椅子」がこのようなデザインとなったのか。そして実際、どのように使用していたのか。その裏側には、今もなお大切にしているデザインとの向き合い方がありました。
「私も、今でも作業をする際に使うことが多いのですが」と、椅子に腰掛ける藤田さん。両足の間に、椅子の三角形の頂点を挟むようなスタイルで座り、膝に肘をつけて手を安定させて、模型を削るなどの手作業をするのだそう。
「柳が小柄だったこともあり、このサイズ感だったというのもありますが、スタッフには大柄な方や女性もいたので、皆さんそれぞれの作業スタイルがあったとは思います。でもやはり、手を動かしてデザインをすることを一番大切にしてきて、それは今も受け継がれているスタイルなので、そのための椅子だと思うんです」


新素材への追求、環境への配慮
1956年の開発当初は、FRP(ガラス繊維で補強したプラスチック)を採用していた「エレファント スツール」。1950年代といえば、イームズ夫妻がFRPでシェルチェアを開発し、デザイン史上においても非常にセンセーショナルな出来事となった時代。柳氏もそのあたらしい素材に興味を寄せていただろうと憶測されます。
「この狭い部屋の中で、スタッキングでき、スツールとしてもちょっとした踏み台としても使えるものをデザインしたいということで、FRPで作ったのですが、じつは偶然にも当時、この近所にFRPの研究所があったんです。日本に唯一の研究所で、バイクや車のパーツなどを作っていました。そこで柳はFRPの技術を教わり、エレファント スツールが生まれました。それを1956年の『第1回柳工業デザイン研究会展』(松屋銀座) に出展したところ、コトブキ社から製造の依頼がきたという経緯があるんです」

新しい素材の研究から生まれた「エレファント スツール」ですが、その後1990年代、当時一部のプラスチック製品の償却によってダイオキシンが発生するという社会問題に柳氏も影響を受けました。「もうプラスチック製品は作りたくない」という思考が生まれ、そこから木製スツールを手掛けるようになるなど、これまで以上に環境への意識は高かったことも伺えます。
「2004年からヴィトラで製造を行っていて、現在はFRPではなくポリプロピレンを使っています。プラスチックの一種ではありますが、再生可能な素材であることから、柳も腑に落ち合意しました」
デザインの魅力、いまもそこに息づく哲学
素晴らしいデザインに触れ、数々の名作の誕生に携わってきた藤田さんに、改めて「エレファント スツール」の魅力についてたずねました。
「このユニークな形というのはもちろんですが、やっぱりいろんな使い方ができることが一番の魅力だと思いますね。このアトリエで使うためということから始まってはいますが、たとえ雑に扱っても、子どもから大人まで使えるというのは利点ですよね。値段的にも手軽ですし、私も周りの人に勧めています。スタッフも全員持っているんじゃないかな。柳の友人である建築家の方は、庭にエレファント スツールを数脚おいて日常使いしていたそうです。でも雨が降った後は座面に雨水が溜まってしまうので、水が抜けるように『柳、悪いけどここに穴を開けるよ』という報告がきたというエピソードもあります(笑)」
そんなエピソードからも、この一脚のスツールが多くの人々のさまざまな暮らしに寄り添うプロダクトであり続けていることが伝わってきます。そこには柳氏のデザイン哲学が今もなお、息づいています。
「柳が日本民藝館の館長をしていたということもありますが、たとえば、入口で靴を脱ぎ履きする際に、高齢の方がちょっと座るためにスツールを置くなど、デザインする上で公共性は大切にしていましたね。そしてやはり、暮らしの中で使う道具に興味を持ち、デザインの焦点をあてることが多かったですね。だからこそスタッフには、クライアントから依頼されたデザイン以外の独自研究をしっかりやりなさい、と常々伝えていました。スタッフが日替わりで昼食の料理をしてみんなで食べていることも、その研究の一環で、今も続いています」
この小さな部屋で生まれた「エレファント スツール」は、まさにロングライフデザインを体現するにふさわしい存在。常に新しい発想を持って手を動かし、日々の暮らしや身近な人たちを大切に、誠実に関わり続けたその先に柳宗理のデザインがあるということを実感したひとときとなりました。

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