「Destination Workplace at LION」イベントレポート 後編

後編では、ライオン株式会社の新本社プロジェクトに携わったスピーカーの方々によるプレゼンテーションの内容を中心に、新本社が生まれた背景や「ライオンらしさ」を表現したワークプレイスづくり、そして実際の運用についてご紹介します。

オフィス移転の背景と新本社への想い

ライオン株式会社 西本博昭氏

ライオンは、隅田川を挟んで4箇所に分散していたオフィスを1箇所に集約することで、グループ全体の連携を高める体制づくりを目指しました。今回の移転は単なる拠点統合ではなく、経営層からは「企業文化を刷新する最大のチャンスとして活かしてほしい」という強い期待が寄せられていました。

旧オフィスは老朽化が進み、固定席中心で大量の紙資料に囲まれ、出社が当たり前という働き方が続いていました。2018 - 19年に始まった働き方改革の議論を背景に、新しい働き方を実現するためのプロジェクトが立ち上がります。掲げられたコンセプトは「自ら選ぶ・つながる・ワクワク」。これは出社率の向上を目的としたものではなく、社員一人ひとりがベストな働き方を選べるようにすることに重点が置かれていました。

デザインパートナーの選定にあたっては、ライオンの理念やブランドらしさを深く理解してくれる企業かどうかを重視し、その結果ブルックとインターオフィスの両社がプロジェクトに加わりました。こうして生まれた新本社は、単に新しいオフィスを「つくる場」ではなく、社員が自発的に働き方を発見し、文化を育てていく「企業文化をつくる場」として機能し始めています。

ライオンらしさを表現した働く空間とは

株式会社インターオフィス 米倉則明氏、株式会社ブルック 小川暢人氏

ブルックとインターオフィスが手掛けたのは、新本社の中でもライオンらしさが最も表れる1F・2F・4F・11F・12F の5つの「特殊フロア」。ブランドの価値観を五感で感じられるよう、フロアごとに明確なテーマとレイヤーが設定されました。

1F:エントランス・ロビー

1Fは、社員および来訪者がライオンらしさを最初に感じるフロアです。緩やかなカーブの壁面やミント畑など、自然を思わせる有機的な形状を取り入れ、五感でライオンを感じる空間を目指してデザインされました。外からも見える大画面モニターを配置することで、オープンで透明性のある企業姿勢を示す場にもなっています。小川氏によれば、コンペ時のスケッチがほぼそのまま実現したフロアであり、10年後、20年後も古びないタイムレスなデザインが意識されています。奇抜さではなく愛着や心地よさを重視し、人や街に自然に溶け込むマテリアルや植栽を採用しています。また、カラーにはライオンを象徴するグリーンをさりげなく取り入れ、空間全体で企業らしさを感じられる構成としています。

2F:来客会議フロア

2Fは、1Fから自然にたどり着く、より深くライオンを知る来客会議フロアです。展示スペースを備え、ブランドの世界観を伝える場として機能しています。小川氏は、この階を単なる会議室の集合ではなく、社外パートナーと価値観を共有し、協働の質を高めるためのフロアとして設計したと説明しました。空間にはナチュラルな素材感や穏やかな色調が取り入れられ、来訪者が落ち着いて過ごせる雰囲気が意識されています。

4F:共創フロア

4Fは、社内外のメンバーが集まり、新しい価値を生み出す共創フロアです。プロジェクト初期からイノベーションの拠点として位置づけられており、グレイッシュで無機質なトーンをベースに木製家具や暖色系ファブリックを組み合わせることで、クールさと柔らかさを併せ持つ空間に仕上げられています。米倉氏は、活動内容に応じて自分たちで空間を変えられるよう、スケルトン天井にポリカーボネートの吊りパネルを仕切りとして導入し、検証を重ねながら最適な仕様に調整したと説明しました。個室をできるだけ減らし、広がりのある空間にキャスター付き家具を配置することで、自由度の高い環境を実現しています。こうした余白のあるデザインが、多様な視点やアイデアを掛け合わせるための基盤となり、ライオンの未来を形づくる場として機能しています。

11F:多目的フロア

11Fは、社員一人ひとりが自分のワークライフをより良くするために使える多目的フロアです。約300人規模に対応できるセミナーエリアをはじめ、社員用ラウンジ、シャワールーム、ボルダリングウォール、仮眠ができるスペースなど、多様な機能を備えています。オープンなスペースの中に家具のバリエーションを幅広く揃えることで、気分や目的に合わせて居場所を選べる環境が整えられており、最も利用頻度の高いフロアの一つとなっています。米倉氏は、このフロアの設計を通じて、デザイン性だけでなく機能性が強く求められていることを実感したと語りました。

今回トークイベントを開催した12Fは、「olion」と名付けられたカフェテリアです。米倉氏は、この階を社員が心地よく混ざり合う場として捉え、食事だけでなく気分転換や雑談、軽い打ち合わせなど、多様な使い方ができるよう設計したと説明しました。大きな窓からの景色や自然光、木質素材と柔らかな色調によって、日常の中でほっとできる雰囲気がつくられています。コンセプト Gokigenyo Forest「おすきなテンポで」を体現するため、大テーブル、ボックス席、カウンター席、個室など幅広い席のバリエーションを設え、エリアごとに密度の異なる居場所をつくっています。椅子の色を3色組み合わせることで、人が座っていないときにも単調さを避ける工夫も施されています。社員が自分のリズムで過ごせるこのフロアは、気持ちの切り替えや自然な交流が生まれる場として、ライオンの文化を育む役割を担っています。

 

 本社における働き方と空間の使い方

1F、12Fの使われ方の例(イベント当日のスライドより)

新本社の特徴は、各フロアに明確な役割を持たせながらも、使い方を細かく規定しない点にあります。西本氏は「自然と感じ取り、自分で使い方を見つけていける場にしたかった」と語ります。ルールで縛るのではなく、フロアごとの空間の違いを通じて、社員が自発的に行動を選び取ることを重視したと言います。

移転後は、各フロアで想定を超える使われ方が生まれています。象徴的な例として、1Fロビーでは新入社員の入社式が行われたり、地域コミュニティ向けイベントの会場として活用されたりしています。4Fの共創フロアでは、社内イベントのライブ配信や外部との協働プログラム、休日の謎解きイベントなど、多様なアクティビティが展開されています。11Fでは親子ルームやウェルネス設備が積極的に利用され、社員自身が工夫しながら新しい使い方を生み出しています。12Fのカフェテリア「olion」は、日中はランチやリラックス、同僚との語らいの場として、夜は懇親会やディスコイベントの会場として活用されるなど、多様な用途へと広がっています。こうした、以前には見られなかった活動が自然と生まれ、社員がいきいきと空間を活用している様子が印象的です。

西本氏は、新しい働き方を浸透させるためには「感じて、自分で考え、まず使ってみること」が重要だと強調します。ライオンのパーパスである「より良い習慣づくり」は働き方でも同じで、心地よいと感じる行動が積み重なることで文化が育まれていきます。新本社は、その文化づくりの土台となっています。

スピーカーの皆さま

クロージング

今回のトークイベントを通じて、新本社に込められた想いや、空間が社員の行動や文化に与える変化を感じていただけたのではないでしょうか。ライオンが掲げる「より良い習慣づくり」は働く場にも通じ、一人ひとりの心地よい行動の積み重ねが文化を育てていきます。

ヴィトラは、働く場を人が行きたくなる目的地へと進化させることを目指しています。ライオン新本社の取り組みは、その考え方を体現する事例であり、多くの企業にとって働き方を見つめ直すヒントとなるものです。ご参加いただいた皆さま、会場をご提供くださったライオンの皆さま、そしてスピーカーの皆さまに、心より感謝申し上げます。

 

→ 前編はこちら

Photos:
1, 4, 5, 6, 7: Tomooki Kengaku
2, 3, 8: Kentaro Kakizaki