プルーヴェのすべてがつまったナンシーの自邸

研究者のあいだでも“特別な存在”と呼ばれている、ナンシーのジャン・プルーヴェ自邸。小高い丘の上から、静かに街を見下ろす家に隠された秘密に迫ります。

ナンシーの中心部から車で北に10分ほど。住宅街がちょうど切れ、深い緑に包まれた小山のなかに伸びる斜面の細道を上った先に、ジャン・プルーヴェの自邸はひっそり建っています。この家が建設されたのは1954年のこと。この数年前からプルーヴェは自邸を建てる計画をしていたのですが、実際にこの家にかけた施工期間はわずか数ヶ月。かなりの急ピッチで建てられたにもかかわらず、プルーヴェ・ハウスには彼が生涯を通じて抱き続けた理念が色濃く反映されています。

 通常、家を建てると聞くと、幸せの絶頂期を思い描きますが、プルーヴェの場合はその正反対でした。当時、プルーヴェは、工員200名以上を抱えていた自社工場を拡張するために資本投入を行うのですが、新規参入会社とのあいだに経営方針の格差が生じ、1953年プルーヴェは代表の座を他社に譲らざるを得なくなってしまいました。

新体制を迎えた工場は、以前のクリエイティブな取り組みよりも、生産性の高い商業的な動きを優先。プルーヴェが設計した数々の資材が無用の長物となり、工場の片隅に放置。廃棄処分されるのを待っていたのです。

効率的に建設を目指し、ビス一本足りとも無駄にしないことをモットーとしていただけに、廃材であっても十分に活用できる。そう信じていたプルーヴェは、奇しくも自邸の建設を考えていたため、残された資材を引き取り、建材として使うことを決めたのでした。

元は床下の補強材だったのを天井の梁の代わりに使うなど、柔軟な発想の転換を行い、部材を適宜カスタム。もともとプルーヴェの建材は軽量に設計されていたので運搬が容易で、解体と移築を前提にしていることから組み立ても少人数で可能だったことも功を奏し、家族や友人の協力を得ながら、プルーヴェ自身も現場に入り、一気に作り上げたそうです。

人生最大の困難に直面しながらも、プレファブとモジュール設計の思想を貫き、建築も家具デザインも同様に限られた資源を効率的に活かしながら、自邸を完成に導いたプルーヴェ。竣工から半世紀を迎えた今でも建設当時の姿のまま、ナンシーの街を見守っています。

Maison Jean Prouvé
4-6 rue Augustin Hacquart, Nancy France
交通手段:ナンシー駅からバス2番(Laxou Saphinière行き)、Alix Le Clercで下車
*期間限定で見学可能です。
毎週土曜日14時-18時(夏季限定)
ガイドツアー1415分、1515分、1615
料金:6ユーロ
問い合わせ先:ナンシー美術館
TEL. +33-3-8385-3001
resa.nancymusees@mairie-nancy.fr 

Publication date: 10.2022
Author: Hisashi Ikai
Title & Illustraion:Bob Foundation
Images:
2022, ProLitteris, Zurich, Photo: Dejan Jovanovic, Vitra

 

ヴィトラとジャン・プルーヴェ

1980年代にヴィトラの現・名誉会長ロルフ・フェルバウムは、一脚の「アントニー」に出会ったことからプルーヴェ作品の蒐集と研究を始めました。1950年創業のスイスの家具メーカーであるヴィトラは、1999年にプルーヴェファミリーとの話し合いを経て、全プルーヴェ製品の復刻と製造販売権を獲得、2002年ヴィトラからジャン・プルーヴェ製品が初めて発売されました。この製品コレクションはバリエーションや製品を追加しながら継続しています。また、ヴィトラデザインミュージアムは、現在、世界最大級のジャン・プルーヴェのヴィンテ