プルーヴェデザインと暮らす 清永 浩文さんインタビュー
都心から車で一時間程、空が高く山と海が見晴らせる郊外に佇む住宅。暮らすのは、ファッションブランド「SOPH.」を1998年に立ち上げ、今年同ブランドの退任を発表した清永浩文さん。清永さんはジャン・プルーヴェに代表される第二次世界大戦前後に活躍したフランス人デザイナーによるヴィンテージ家具のコレクターとしても知られています。
もう一つの住まいである都心のレジデンスではそれらのヴィンテージ家具とともに暮らす一方で、昨年竣工したばかりの葉山の新居には、可能な限り現代に復刻されている現行品を揃えているそう。清永さんの葉山の住宅に、1948年のデザイン以降量産化されることのなかった、ジャン・プルーヴェの「フォトゥイユ カングルー」が加わりました。
ジャン・プルーヴェのヴィンテージと現行品、垣根なく暮らしの中で双方を使っている清永さんにお話をうかがいました。
2022年の今、1948年にデザインされたフォトゥイユカングルーに腰かけてみて、座り心地や率直な感想はいかがですか?
「率直な感想は、やはり座り心地がいいなということですね。クッションが気持ちがいい。クッションの中材や生地は現代の技術で作られているものの方が圧倒的に質が良くて、使い心地や座り心地も気持ちよい。現代の暮らしに合うようにアレンジされているのは、復刻や現行品の良いところですよね。ラウンジチェアにしてはサイズ感もコンパクトなので、日本人の体形や日本家屋にも合いそうです。テレビを見る、音楽を聴くなど、日々の暮らしの中のちょっとしたくつろぎの時間に座りたいと思っています。」
Fauteuil Kangourou
Jean Prouvé, 1948
1948年のデザイン以降、数脚しか世に流通していないジャン・プルーヴェのラウンジチェア。ジャン・プルーヴェが名付けた「カングルー」という呼び名からは、彼のユーモアがうかがえます。木製の肘掛けと背もたれを緩やかに支える構造は、外見的な美しさと、荷重がかかる部分に太さを持たせる合理性に基づいています。
2022年、ヴィトラは、世界で150台の特別限定製品としてフォトゥイユカングルーを復刻しました。オーク材と金属製の脚、座席に柔らかな織生地であるブークレを組み合わせ、脚と張り生地のカラーには、1950年代、ジャン・プルーヴェがあるクライアントのために生み出した 「プルーヴェ ブルー マルクール(Prouvé Bleu Marcoule)」と称される、豊かな青色が選ばれています。
現代の暮らしとジャン・プルーヴェ
プルーヴェデザインの魅力
ジャン・プルーヴェのヴィンテージ家具とともに都心の住宅で暮らしてきた今までに対して、新居では現行品を揃えたいと考えた理由は何ですか?実際に双方の住居、暮らし、家具の使い勝手などを比べてどう思われますか?
「今まで暮らしてきた住宅は、家具だけでなく、マンション自体も年月を重ねてきたヴィンテージともいえる住まいでした。新居では家自体も新しいため、家具も新しいものを揃え、一緒に年を重ねて自分もヴィンテージになっていければと思いました。古いヴィンテージ家具こそ、傷つけてしまうことを恐れるのではなく、気にせずどんどん座る。新品の現行品は、より現代の暮らしで使うことを考えて作られているので、使いやすく使い心地も良い。ヴィンテージにも現行品にもそれぞれの良さがあると感じています。どちらかを否定することなく、どちらの良さも感じながら、これからの年月を過ごしたいと思っています。」
清永さんが考えるジャン・プルーヴェの魅力とは何でしょうか?
「スチールと木材のコンビネーションに表れる無骨さや男っぽさに惹かれます。さらに、外見のデザインだけではなく日常使いを追求しているところも好きです。『スタンダード』も座面は決して柔らかくはないのでお尻が痛いと感じる方もいると思いますが、日々使っているとその固さが丁度良く思えてきます。現代の暮らしや人々は、柔らかさに少し慣れすぎてしまっているかもしれないですね。私にとってジャン・プルーヴェの家具は、ヴィンテージであっても現行品であっても、アート作品ではなく『日常使いするもの』。自分の日々の暮らしにある日用品として、とても好きなデザインです。」
鍛冶工よりキャリアをスタートし、デザイン、建築、工学、それぞれの分野において常に新しい解決策を見出そうとしたジャン・プルーヴェは、デザインは構造と生産の合理性に伴って、自ずとその姿を現すものと考えていました。必然ともいえる彼の家具デザインは、時代を越えて尚、私たちの暮らしに必要なものは何か、必要なデザインとは何であるかを語っています。
Photo:Kazuhiro Shiraishi